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2015年8月 7日 (金)

米町公園の釧路港修築碑のミニ雑学・・

今日から、“くしろ港まつり”ですね~。

そこで今回は、米町公園にある「釧路港修築碑」についての・・

知ったかぶりのミニ雑学にしてみました。

米町公園の石碑というと真っ先にこの大きな石碑が・・

思い浮かぶことと思います。

この石碑が出来た経緯などは、碑の近くにある解説文を・・

読んでいただきますとして(確かありましたよね~??)・・・

今回は、石碑自体の足跡をたどってみましょう。

この石碑は、最初からこの地に建立されたものと・・

思われている方も多いのではないでしょうか?

実は最初は、明治42年(1909年)5月に春採湖畔の・・

チャランケチャシに建てられたのだそうです。

何故かといいますと(大雑把な説明でスイマセン)・・

この碑は、明治42年3月に釧路港修築予算が国会を・・・

通過したのをとりわけ喜んだ滋賀県(旧彦根藩)から・・・・

移住された方たちが春採湖を故郷の琵琶湖になぞらえて・・・・・

建立したものだからだそうです。

釧路港修築予算の経緯や滋賀県から移住された方々が・・

何故、とりわけ喜んでいたのか?についての経緯も・・・

大変、興味深いのですが、文章力のない自分が書くと・・・・

無駄に長くなりそうのなで今回は、省略しちゃいます。

その後、昭和27年(1952年)3月4日の十勝沖地震で・・

倒れてしまったそうです。

その時に一部は、欠損して湖の中に沈んでしまい・・・

しばらくは、倒れたままその場に放置されていたそうです。

しかし、昭和39年(1964年)に勇志の方々が・・

この碑の再建をはかって欠損したところを補修して・・・

釧路港開港記念日の8月4日に港まつりや・・・・

釧路港開港65周年記念の諸行事の一環として・・・・・

港の見える現在地に移されて除幕式が行われたようです。

それにしても10年以上もチャランケチャシの草むらの中に・・

倒れたままで放置されていたなんて驚きですね。

今年の4月25日の撮影です。
この写真は、シルエットで分かりにくいのですが・・
碑の上段の
「釧路港修築碑」の篆(てん)書体の文字は・・
井伊直弼の孫の直忠の書だそうです。

425yoshihi1

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