カテゴリー「釧路の石碑巡り」の記事

2016年9月23日 (金)

米町公園の高濱虚子先生句碑・・

米町公園に並んでいる石碑の一つに・・

“燈台は低く霧笛は峙てり”と刻まれた・・・

「高濱虚子先生句碑」があります。

自分も詳しくは分からないので極々簡単な略歴ですが・・

高濱虚子(たかはまきょし)先生は、明治7年(1874)2月22日・・・

愛媛県松山市で生誕され、後に正岡子規の門下生になり・・・・

俳句誌“ホトトギス”を主宰され、昭和29年(1954)年に・・・・・

文化勲章を受賞された俳句界の巨匠のようです。

この句の意味を調べてみたのですが見つけられなかったので・・

間違っていると思われますが自分なりに解釈してみました。

“峙てり”は、“そばだてり”と読みます。

峙つというのは、岩や山が高くそびえ立つということです。

釧路の海霧は深く燈台が低く見える位に立ち込める中、・・

霧笛の音が広がり響くのではなく、そびえ立つように・・・

上がって行き響きがかえって来ない、という・・・・

釧路の霧の深さを現したものなのでしょうか???

違っていたら(違うと思いますが)スイマセンです。

高濱虚子先生は、昭和8年(1933)8月23日に・・

釧路を訪れているそうです。

今回は、昨年の4月に撮影した写真を使いました。
平成13年8月23日 高濱虚子先生句碑建立期成会・・
と解説の石碑に刻まれています。

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解説の石碑には、高濱虚子先生の・・

“露領より歸りし船と鮪船”という句も刻まれています。

“露領”はロシア領、大正時代を中心に後の北洋漁業の・・

前身で露領にて建て網でさけ・ます・にしんなどを・・・

獲っていたのを露領漁業といっていたそうです。

“歸りし”は帰りし、明治末頃から昭和10年頃まで・・

三陸から釧路・根室の沖合でマグロが回遊していて・・・

釧路が最大の水揚げ場だったそうです。

今では信じられませんが、冷凍技術が導入される前の時代は・・

マグロの処分に困るほどに獲れていたようです。

そのマグロ漁全盛期の晩年に近い頃の風景のようですが・・

鮪船の横行していた港の様子がうかがえる句のようです。

同じく昨年の4月27日に撮影した写真を使いました。
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2016年9月14日 (水)

城山にある道民奉迎場記念碑とは・・

後方に仏舎利塔が見える城山小学校横の高台に・・

「駐蹕之所」と刻まれた石碑が建立されています。

駐蹕(ちゅうひつ)とは、天子が行幸の途中に足をとめること・・

一時その地に滞在すること。ようですが、その意味の如く・・・

昭和11年9月に昭和天皇が来釧されたことを記念して・・・・

建てられた碑のようです。

昭和天皇が北海道行幸で釧路に着かれた・・

昭和11年9月27日に当時の市設グランド(後の市営グランド・・

市営スケートリンク、現在の教育大学のグランド??)にて・・・

道民をあげて天皇を歓迎する道民奉迎の行事が・・・・

およそ18,000人を参集して行われました。

この碑は、その行幸一周年を記念して昭和12年9月に・・

建立されたようです。

ただ、当時は、市設グランドの陛下が立たれた観覧席の・・

ほぼ中央に建てられたそうですが、その後、緑ヶ岡陸橋の・・・

建設の時に支障が出ることから平成元年9月に現在地に・・・・

台石と台座を改修して移築されたようです。

自分は、城山小学校に通学していたので市営グランドや・・

市営リンクを日常的に見ていたことから移築する前の・・・

この石碑を見ていたと思うのですが、全く記憶にないのが・・・・

今となってはとても残念です。

この行幸を記念しては同じく昭和12年9月に・・

駐蹕之所碑(厳島神社境内)行在所記念碑(幣舞中学校内)・・

の二つも建立されたようです。

道民奉迎場記念碑です。
後ろに仏舎利塔が見える高台にあります。
この右側には理容室があります。

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近くで見ると意外と大きいです。
「駐蹕之所」という字が分かりやすいように少し明るく・・
補正しました。
平成5年1月の釧路沖地震の時に台座の周りの部分などが・・・
かなり破損したそうです。

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~~
裏面から見てみました。
「昭和十一年九月二十七日 道民奉迎車駕於此 
昭和十二年九月 建之」
と刻まれています。
後ろに見えるグランドのどこかに当初は建てられたようです。
石碑が地震の影響で台座から移動しているのが分かります。

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2015年8月 7日 (金)

米町公園の釧路港修築碑のミニ雑学・・

今日から、“くしろ港まつり”ですね~。

そこで今回は、米町公園にある「釧路港修築碑」についての・・

知ったかぶりのミニ雑学にしてみました。

米町公園の石碑というと真っ先にこの大きな石碑が・・

思い浮かぶことと思います。

この石碑が出来た経緯などは、碑の近くにある解説文を・・

読んでいただきますとして(確かありましたよね~??)・・・

今回は、石碑自体の足跡をたどってみましょう。

この石碑は、最初からこの地に建立されたものと・・

思われている方も多いのではないでしょうか?

実は最初は、明治42年(1909年)5月に春採湖畔の・・

チャランケチャシに建てられたのだそうです。

何故かといいますと(大雑把な説明でスイマセン)・・

この碑は、明治42年3月に釧路港修築予算が国会を・・・

通過したのをとりわけ喜んだ滋賀県(旧彦根藩)から・・・・

移住された方たちが春採湖を故郷の琵琶湖になぞらえて・・・・・

建立したものだからだそうです。

釧路港修築予算の経緯や滋賀県から移住された方々が・・

何故、とりわけ喜んでいたのか?についての経緯も・・・

大変、興味深いのですが、文章力のない自分が書くと・・・・

無駄に長くなりそうのなで今回は、省略しちゃいます。

その後、昭和27年(1952年)3月4日の十勝沖地震で・・

倒れてしまったそうです。

その時に一部は、欠損して湖の中に沈んでしまい・・・

しばらくは、倒れたままその場に放置されていたそうです。

しかし、昭和39年(1964年)に勇志の方々が・・

この碑の再建をはかって欠損したところを補修して・・・

釧路港開港記念日の8月4日に港まつりや・・・・

釧路港開港65周年記念の諸行事の一環として・・・・・

港の見える現在地に移されて除幕式が行われたようです。

それにしても10年以上もチャランケチャシの草むらの中に・・

倒れたままで放置されていたなんて驚きですね。

今年の4月25日の撮影です。
この写真は、シルエットで分かりにくいのですが・・
碑の上段の
「釧路港修築碑」の篆(てん)書体の文字は・・
井伊直弼の孫の直忠の書だそうです。

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